長すぎる待ち時間

今更不満があるわけではない

人は病気になれば病院へ訪れる、訪れずに自然経過で治せと時代錯誤過ぎることをいう人もいるかもしれませんが、体調が悪くなったら自分よりも治療に優れた人に見せてもらう以上に有効なものはありません。日本の医療システム、現在の基盤が出来上がったのは今から130年近く前の江戸時代末期にて、ようやく西洋医学の存在を導入していこうとする動きが出た時から始まる。それまでは薬事療法により、免疫力を活性化させることにより病気を内側から改善していこうとする東洋医学が専門でした。

その時治らなかった病気も、今では内側と外側の両方からアプローチして治療していくことにより、早期の回復が可能になった点は素直に良かったと言える。医療技術が進歩したことにより、不治の病と言われたかつての病気の中には完治の見込みはあるとまで言われるくらいにまで、上昇して来ている。今の医療に関してそうした治療に関する不満もあるかもしれませんが、それ以上に不満という枠にそぐわない憤怒を抱いている人もいるだろう、『病院の待ち時間』については本気でどうにかならないのかと常日頃考えている。

筆者は現在、一週間に数度はかかりつけの病院で治療を行っているのですが、訪れるにしても時間帯や曜日を見計らって尋ねるようにしている。どうしてか、それは個人病院でしかも駅前に類似する病院があまりないということもあって、時折鬼のように混んでしまうからだ。リハビリをするにしても待つときは待たされてしまい、診察にしてもすぐに終わる用事でも数十分待たされる事も普通にあるので、困った話だ。これまでの最長記録として、インフルエンザの折に尋ねた際には診察してもらうまで3時間以上掛かったこともある。ちなみに、この時はお正月休みが明けての初日だったこともあって、訪れる人の数は比較するべき点ではない。あの時ほど、本当に死ぬかもしれないと思ったことはない。

待つ分には問題ないが

病院で待たされることについて不満があるといえばあるものの、最近はその時間を何とか無駄にならないようにと努力もしている。余程具合が悪くなければ本を持参して読むことも念頭に入れている。また、こちらは病院のルールによって異なりますが、スマホが利用できる待合室ならひたすらいじり続けるのもありだ。あくまで体調が目に見えて酷い状況ではない時の話なので、シャレにならないくらいにやばい時にはそんなことをしている暇はない。

例えば先ほど話したインフルエンザの時のことだが、朦朧とする意識の中でマスクにより閉鎖された呼吸と上がり続ける熱により思考することすら出来なくなるほど、追いつめられて寝ることも出来ず、また付き添いすらいない状況下は流石に辛かった。親族は基本、筆者については放任主義となっているためインフルエンザになろうがどうなろうが、余程のことがない限りは助けてくれることもない。筆者自身、体調が悪いのに自分で自分を管理しているから問題ない、そう判断されている。というのも、その3時間待たされた日も自力でしばらく自室に閉じこもるようにとアクエリアス2Lを6本と、アイス10個と、その他諸々を徒歩で持って帰っていたほとだ。冷静になって考えると結構余裕だったのではないかとも思っている。

このように、本当に体調が悪い時なら時間を感じる暇もないのですが、一番辛いのはそうではない、定期的な診察をして薬を処方してもらいたいがための診断をしてもらう時のことだ。

処方箋希望の時だけが、一番辛い

体調が悪いといっても段階というものがある。おおまかに言ってしまえば、

  • ケース1:全然余裕で、軽く気になるから見て欲しい
  • ケース2:ちょっと辛いけど、まだ問題ない
  • ケース3:かなりきついから、なるべく早くして欲しい
  • ケース4:もう無理、本気でやばいからとにかく早くしやがれ

こんなところでしょう。大体病院に訪れる人、その大半はケース1、2のどちらかだと思います。3と4についても時としてあるかもしれませんが、大袈裟にしているだけではないのかと疑われてしまったら、立証する術もない。ですが病院の待ち時間は基本的に順番制、なので訪れた時に受け付けてもらった順番が訪れるまでひたすら待たなくてはならない。ここにお年寄りだから、体調がほんとうに悪いから、といった優先順位は存在しない。何と公平すぎるほどの平等が存在しているのです。人や世界が目指す平等の真のあるべき形と言ってもいいでしょう。例外として急患が入ったらそれらは全て覆されるので、絶対ではありません。

このシステムについて個人的には受け入れているつもりだ、なので文句こそ言わないが流石に気になるのは処方箋だけを貰いたい時の定期検診の時だ。調剤薬局で支給してもらう薬は、大半は医師の診断無くして発行は出来ない。理由はどうあれ、処方箋が欲しい場合に必ず診察してもらわないといけないのだが、それに対して不満と文句をぶつけている人も何度か見かけたことがある。

言いたいことは分かるし、出来ないかと尋ねたこともあった。ダメ元だったので必要と言われてすぐに引き下がれたが、出来ない人は余程の面倒くさがりなのだろうと思って問題無いでしょう。こうした点も、いうなれば病院の待ち時間には嫌気が差している現れとなっている。重い症状ではない、けど薬だけは欲しいから手短に済ませたいという都合すら看過されないのです。病院の待ち時間にはそうした個人の都合が全く届かない点を不満に挙げる事もできますが、誰もが望んでいる平等性には近い部分があるとも考えられるでしょう。

予約しても無理

筆者が現在進行形で通っている病院は個人で経営している病院となっているため、予約システムは基本的に存在していない。訪れて店舗で受付を済ませたら素直に待たなくてはならない。そこからの時間をどう潰すかが問題となっている。ですがその一方で大学病院などは1日平均して訪れる人の数を考慮して、診察を予約できるシステムも登場している。これを利用している人もいるでしょう、この時間に行けば診察が受けられる、変に待たされること無くスムーズに帰路にもつけると思っているかもしれません。

ですが現実は甘くありません、何せ大学病院の予約システムこそあてにならないものはないからだ。利用して訪れる人の話を聞いてみると、その時間に行ってもまず見てもらえないから早く行ってもしょうがない、これが事実としてまかり通っているらしい。予約とはその時間ピッタリに行動を起こしてくれるはずのシステムですが、病院の待ち時間には理屈は届かないのかもしれません。そしてこのことは厚労省でも話題に上がっており、こんな調査が行われていたというのです。